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F is For Fragments

フはフラグメンツのフ

“A HAPPY NEW YEAR.” (1)

このテキストは2006年に2ちゃんねるレトロゲーム板にシナリオの四井浩一氏本人が投稿した「ノスタルジア1907」の没シナリオ、前日譚である。のっけからネタバレが含まれるので本編を鑑賞したのちにご覧いただきたい。

どうでもいいことだが、あるゲーム誌で四井浩一氏の特集が掲載されたとき、このテキストが2ちゃんねるに投下されたことに触れ、「スレ住人は二次創作だと思ってほぼ完全スルーした。もったいない!」とコメントされた。
俺個人の言い訳をさせてもらうと、まずレゲー板は基本過疎板なので該当スレを半年にいっぺんくらいしかチェックしてなかったこと、そのため投下されたタイミングにスレをみていなかったこと、テキストを見て四井氏本人のものだとすぐわかったがスレ住人の反応を見てみんなわかっててあえて騒ぎ立てない大人の対応しているのだと思って俺も特に発言しなかったことを言っておきたい。ホントだって最初からわかってたって。





○煉瓦敷の舗道。北欧都市の一角。
  
小雪が舞っている。
イリューシャ・グランセリウス、黙って歩いている。

イリューシャ、黒いロングスカートにブーツ。
濃緑のリボンをつけた白いブラウスの上に、黒のオーバーコートを着ている。
フードを後ろにはねて、長い金色の髪を背中に流し出している。
毛糸のマフラーにあごを埋めている。
小雪が、髪につもるにまかせている。
両手をポケットに突っ込んでいる。
まっすぐ前方を見る瞳の色は、光彩に金色の斑点が散りばめられた碧いろ。

ふいに、立ち止まる。

少し前を歩いていた男が、困惑した様子で立ち往生し、首をひねって戻ってくる。
グレイのフロッグコートの肩とフェルト帽のつばに雪を積もらせたその男は、
狸に似た小柄な東洋人。

男、イリューシャに気づいて、立ち止まる。
  
「あのお、」
イリューシャ「はい?」
「日本公使館はどこにあるのでしょう」
イリューシャ「あなたは、日本人なのですか?」
「そうですが、あなたは……、」
イリューシャ「……フィンランドの移民です」
「ああ、……どことなく、そんな匂いがします」
イリューシャ「匂い、ですか?」
  
イリューシャ、唇のすぐ前にあるマフラーの毛糸に鼻を寄せてくんくんやってみる。
  
イリューシャ「匂いません」
「当地は馴れましたか?」
  
イリューシャ、目を細めて微笑み、男を見ながら、首をふる、うなずく。
  
「そうですか」
  
イリューシャ、落ちてゆく小雪のひとつを目でおう。
  
イリューシャ「つけてたんです」
「は?」
イリューシャ「駅から、ずっと。あなたをつけてました」
「なぜ?」
イリューシャ「日本人だと思ったから……。
皇帝に戦争をふっかけた国の人間が、わたしたちと同じマトモな人間なのかどうか、ちょっと興味があって……」
「……」
イリューシャ「ああ、でも、ほんとうのところ、なぜなんだろう、……ごめんなさい。
そういうことが言いたかったんじゃないんですけど……新聞で読みました。 日本がロシアと開戦したことを…おなじロシア帝国の圧迫に苦しむ民族として、わたしたちは日本の勝利を願っています。この国には、たくさんのあなたの味方がいると思います」
「……。ありがとう。お嬢さん、お名前は?」
イリューシャ「グランセリウス……イリューシャ・グランセリウスといいます」
「わたしは、明石元二郎といいます。モトジロウ・アカシです」
  
男、ぶっきらぼうに片手を突き出す。
イリューシャ、手袋をはずして握手する。
  
イリューシャ「モト・アカシ……」
  
明石、うなずいて行こうとする。
  
イリューシャ「あ、みち……」
明石「あ、みちみち、そう、みち」
  
イリューシャ、笑う。
 
○北欧の都邑。
  
(テロップ)『 ストックホルム・スウェーデン王国  -1904年-』
  
中世童話にあるような瀟洒な街並みに、しずしずと雪が降っている。
レンガの破風屋根。飾り窓。凍った河。橋の上を馬車がゆく。
  
○馬車車内。
  
栗野、大日本帝国外交官・公使。初老。
秋月、同、書記官。若い。
のふたりが乗っている。
  
栗野「明石君は、歩いてくるのかね」
秋月「ええ、ちょっとひとまわりしてから、公使館に来るそうです」
栗野「あいかわらずだな」
秋月「あ、栗野公使、栗野公使、見て下さい戦車ですよ、センシャッ!」
栗野「あれが戦車というものか」
  
○在ストックホルム日本公使館館内。
  
駐在外交官・菅田が、栗野と秋月のふたりを迎える。
  
菅田「ついに始まりましたな。戦争が」
秋月「大国ロシアとの大戦争です。アジア人がはじめて行なう、欧米人との本格戦争。見せてやりましょう、大日本帝国の底力を!」
 
菅田、ため息をつく。
 
菅田「日本は、とてもロシアのような大国と戦争をして勝てるような国じゃない。
日本は早まったことをしでかした」頭を抱える。
栗野「戦争はもう始まったのだ。われわれは国民の半分を殺してでもロシアに勝たねばならぬ」
菅田「せめて伊藤先生が言っていたようにロシア皇帝と同盟を取り結んでいれば……」
秋月「よくはないです」
  
明石、コートの肩に雪を乗せて入ってくる。
  
秋月「弱小国が、ロシアと同盟を組んだところで、そのあとに待っているのは強迫外交だけだ。すこしでも皇帝の機嫌を損ねれば、一国の首都だろうと戦車で踏み込んでくる。見てください。スウェーデンも、フィンランドも、これではまるでロシアの奴隷国だ」
  
明石、室内でコートをバダバタやる。小雪が飛ぶ。
  
秋月「こっちに来る前にポーランドを見てきましたが、あそこもひどい。許せませんよ」
  
明石、ストーブにケツを寄せる。ケツから湯気がたつ。
栗野、眉をひそめる。
  
栗野「明石君、当地には石鹸というものがある」
明石「は?」
栗野「明石君。君、臭うぞ。セッケンを使うことだ。日本の外交官たるもの常に颯爽として、気品を持たねばならん」
  
明石、くんくんとシャツを匂う。

××××
路傍で自分のマフラーの匂いをかぐイリューシャ
××××

明石、ニヤニヤする。
  
明石「臭いませんが」
栗野「明石君。君は語学は堪能だが、見た目がむさくるしくていかん」
明石「セッケンでセンシャに勝てますかね」
  
○サロン、ドロワ・ドゥ・ドメイン-4F-
  
イリューシャ、ドアぐちで髪についた雪をはらう。
資料を積んだ室内のテーブルに、リュエフ。
窓辺に、ラコスキー。2人とも精悍な風貌の若者。
  
ラコスキー「今日、日本公使館に外交官が2人入りました」
リュエフ「公使クリノと書記官のアキヅキです」
  
リュエフ、資料を抜き出して示す。
  
リュエフ「アキヅキはまだ駆け出しですが、クリノは欧州外交のベテランです、この2人……」
イリューシャ「3人よ」
ラコスキー「え? ……でも馬車に乗っていたのは確かに2人だけだったんですが……」
イリューシャ「ひとりは、歩いて公使館へ行ったんです。道に迷いながらね。だから、あなたたちは見落としたのよ」
  
イリューシャ、ふたりに背を向ける。
  
ラコスキー「あ、あのっ、わ、われわれは……」
  
イリューシャ、オーバーコートを脱ぐ。
衣装箪笥にコートを入れ、鏡をみながら、袖にゆとりのあるドレスシャツの着くずれを直し、リボンを整える。
  
イリューシャ「見落とし」
  
リュエフとラコスキー、緊張し蒼白になる。
  
イリューシャ「……。ささいな、見落としよ。ここは、露都ペテルブルグじゃないし、わたしは、あなたがたにいちいち震え上がるクセをつけた前の上官とは違う人間なのです。ドモりながら、弁解する暇があったら、わたしに熱いアールグレイを入れていただけません? そしたら、許したげる」
  
リュエフ、眉を片方だけあげる。
ラコスキー、とうてい信じていない。
  
リュエフ「3人目、というのは?」
イリューシャ「モト・アカシと名乗ったわ」
リュエフ「接触したんですか?」
イリューシャ「ええ。握手してきた」
ラコスキー「まさか」笑う。
イリューシャ「リュエフ、すぐ調べて下さい」
  
リュエフ、資料をくる。
  
イリューシャ「ラコスキー?」
ラコスキー「アール?」
イリューシャ「グレイ」
リュエフ「ありました。明石元二郎。大日本帝国陸軍大佐。駐在武官。開戦一年前までペテルブルグにあった在露日本大使館に 過去2年在任しています……露都ペテルブルグ……」
ラコスキー「ロシア通」
イリューシャ「大佐。駐在武官」
ラコスキー「ここスウェーデンには、ロシア帝国の統治に反逆する地下組織が集中しています」
リュエフ「スパイ工作にはもってこいだが」
ラコスキー「この男?」
  
イリューシャ、ティカップを受け取る。
リュエフ、明石元二郎の資料の上に赤インクで大きく<モト・アカシ>と書き出し、丸で囲う。
  
ラコスキー「高等警察は、どうでますかね」
  
イリューシャ、ティカップを両手で抱く。
  
イリューシャ「知らないわ」
  
○在ストックホルム日本公使館。
  
明石と秋月。ストーブを挟んで座っている。
明石、靴を履いた足をもぞもぞさせている。
  
秋月「ロシアの高等警察。スウェーデンは、建前上独立国ですが、ストックホルムを警備しているのは、ロシアの高等警察だ。この国が、事実上、ロシアの隷属的支配下にある証拠でしょう」
明石「不思議なもんだな。本国は戦争をしているのに、俺らは、その戦争相手国の衛星国にいて、ご丁寧に敵国のポリスに警護されている」
秋月「連中が我々を警護してくれるなんて本気で言ってるんですか?」
明石「戦時とはいえ国際法があるだろう」
  
明石、濡れた靴を脱ぐ。
  
秋月「呑気だな。気をつけてください。奴らの凶暴さは、日本の憲兵隊以上です」
明石「ロシアの高等警察か……。署長の名前はなんというんだ?」
秋月「たしか、トルージン」
  
明石、靴下も脱ぐ。
  
明石「高等警察……取る仁丹……」
明石(……いりゅーしゃ・ぐらんせりうす)
秋月「トルージン」
  
明石、靴をストーブの上に乗っける。
  
明石(イリューシャ・グランセリウス……あの娘の名前は、長くてもイッパツで憶えられたのにな)
明石「高等警察……とるじん」
  
○王宮。
  
玉座に王。
王を中心に両翼に並び立つ執政大臣、宮廷側近、近衛の兵隊。
そのたたずまい中世ファンタジーそのまま。
ロシア高等警察署長トルージン、部下のザーノフを連れて拝謁の間中央に直立している。
  
トルージン「スウェーデン国王陛下にあられましてはご機嫌麗しく、ご拝謁をお許しいただき、このトルージン、身に余る光栄でございます」
「ここへ来る前に西の小竜宮を訪れたそうじゃの」
トルージン「はい。まことに素晴らしい宮殿でございました」
王妃「あれは、王女の誕生祝いに造らせた離宮での。技の巧妙もさることながら、民の負担も考え、仕上げるのに16年の歳月をかけた。王国一の華麗な建築様式を持つ宮殿じゃ。もはや、あれをしのぐものは造れまい。姫にはおいおい婿を迎えて、ながくしずかに住まわせたい」
「して、トルージン。かく参った用件を申せ」
トルージン「王府の河橋はまこと華麗ながら、皇帝の戦車を巡らせるにはいささか狭小。西の小竜宮をば粉砕し、その石材を用いて補強いたしたく、本日はお願いに上がったしだい。よろしいな、国王陛下?」
王妃「なんと申された?」
  
トルージン、懐中時計を繰り出して覗く。
  
トルージン「なに、人手はいりませぬ。わが3インチ砲をもってすれば、一撃で宮殿の分解はかないます。1分とかかりません。そろそろ……」
  
西の遠方で、連続砲撃音が聞こえる
王、拳を握って震え、王妃、蒼白になる。
  
トルージン「ご機嫌を損じたのでしたらこのトルージン、大ロシア帝国の皇帝陛下より当地に派遣された一介の警察署長にすぎぬ身なれば、スウェーデン王の金の靴の下に跪き、かく許しを乞いたいとぞんじあげますが、な、さて、いかに?」
  
トルージン、別段ひざまづくそぶりも見せない。
  
王宮側近「愚弄っ、許せぬ!」
  
王宮衛兵団、腰の剣に一斉に抜く。
ザーノフ、腰のピストルに手をかける。
トルージン、ザーノフの腕を軽く押さえる。
  
トルージン「暗黒の中世は終ったのです。陛下」
  
遠く、砲撃音が止む。石の破砕音。
  
トルージン「さて、わたくしは王府の巡回業務がございますので、これにて失礼を」
  
トルージン、一礼し、ザーノフを連れて退場する。
王妃、震える。
  
「……。異民族滅ぶべし」
  
○宮廷回廊。
  
ザーノフ「美しい城ですな」
  
トルージン、王宮の塔と城壁を振り返る。
 
トルージン「これは要塞ではない。即刻、コンクリートで塗り固めさせろ」
 
○在ストックホルム日本公使館。
  
明石と菅田。
菅田、窓辺に立っている。横顔が、憔悴しきっている。
明石、靴を乗せたストーブに足を向けている。
  
明石「こちらは長いのですか?」
菅田「ええ、文明、というものをさんざん見ましたよ」
  
明石、素足の指を曲げたり伸ばしたりしている。
  
明石「畑を耕し漁をする我々とは、ずいぶんちがいますね。産業革命。これは地球を変えてしまった。起こった以上は乗らなければならない。乗り遅れたものが奴隷にされる」
菅田「明石さん。あなたは、ロシア本国に駐在したこともある武官だ。露都ペテルブルグの日本大使館が引き引き揚げになった時、どうして帰国しなかったのです? いま帰らなかったら・・・次はないかもしれない」
明石「日本がなくなっているかも?」
  
菅田、ぼんやり窓の外の凍った光景を見詰める。
  
菅田「ご存知でしょう。ロシアの占領政策の容赦のなさを。負ければ人の棲む国とは扱われない。自主憲法は取り上げられ、国会議事堂は高等警察の本部にでもなるでしょう。虎ノ門あたりは政治犯を収容する監獄街になる。そこでは連日、銃殺刑が執行されるでしょう。東大寺も日光東照宮も潰され、替わりにロシア正教の、巨大なタマネギ頭をした大聖堂が建つ。対馬は要塞島になる。横須賀はロシア太平洋艦隊の基地に。日本人は、日本人であることを禁止され……」
明石「……妻はロシア語でおかえりというのだろうな……」
菅田「ああ、そういえば」
  
菅田、執務机の抽斗をあけ、外交官郵袋の中から手紙を取り出して明石に渡す。
  
菅田「あなたに個人郵便が届いてましたよ。奥様ですかな」
明石「ちがうようです」手紙をポケットに突っ込む。
菅田「日本はそろそろ梅、ですかな」
  
明石、ポケットから手紙を取り出して封を切る。
明石、菅田、なんとなく鼻から空気を吸う。
  
明石「末の弟ですよ。金沢で会社勤めを」文面を見ている「……徴集がきて、兵役につくようだ」
明石「第九師団。に決まったようです。苦労の九ですかね」
菅田「楽曲でいえば、第九、はめでたい響きじゃないですか。武運あれかしです」
  
明石、窓の外の凍った風景をなんとなく見る。
  
○サロン、ドロワ・ドゥ・ドメイン-4F-
  
イリューシャ、窓から向いの凍った河を眺めている。
  
ラコスキー「露日戦争勃発と同時に、ロシア衛星国であるこの国に送り込まれてきた以上、その3人は、対露工作を命じられていると考えていいでしょう」
リュエフ「高等警察のトルージンも、そう見ている。日本公使館周辺の巡回警邏スケジュールが今朝から倍になった。」
イリューシャ「クリノ、アキヅキ、アカシ……。高等警察は誰を一番に警戒するかしら?」
リュエフ「経歴の厚さから言って、公使クリノでしょう。私がトルージンならクリノを徹底マークしますね」
ラコスキー「しかし高等警察といっても所詮は公式機関だ。実質的な捜査や逮捕活動は、われわれの眼からみるときわめて、鈍い。手ぬるい。このストックホルムには、フィンランド過激反抗党の残党が多数逃げ込んでいるが、高等警察は、いまだにその首謀者の名前ひとつ突き止められずにいる」
リュエフ「俺たちの猟場は、ペテルブルグの大宮廷なんですがね」イリューシャを見る
  
イリューシャ、答えない。凍った河を見つめて考え込んでいる。
  
ラコスキー「われわれ3人だけじゃ日本の公使全員は追跡しきれませんよ」
  
 イリューシャ、振り返る。
  
イリューシャ「いい? わたしたちは、アカシひとりを標的とするのよ」
リュエフ「アカシ? なぜ、彼が最も危険だと?」
  
イリューシャ、肩をすぼめる。
  
イリューシャ「匂い、です」
ラコスキー「……臭い、ですか」
(続く)
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40代鬱病フリーの翻訳家が、ゲームを作る妄想をしたり弱音を吐いたりします。

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