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F is For Fragments

フはフラグメンツのフ

“A HAPPY NEW YEAR.” (2)

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“A HAPPY NEW YEAR.” (2)




○陸軍省館内、高等警察本部。
  
アンティークな食卓の上に、世界地図がひろげられ、トルージン、ザーノフが卓についている。
給仕が、地図の上に、次々と料理を並べてゆく。
トルージン、ナイフで切り分けた肉を手掴む。
  
トルージン「皇帝の領土は世界最大だ。まず、西をみよ。列強ひしめき合う、ヨーロッパにあって、バルト諸国は言うにおよばずポーランドをも跪かせ、北欧フィンランド、そしてこのスウェーデンにも、皇帝の威光はとどいておる」
ザーノフ「国境を接するはドイツ帝国、オーストリアハンガリー帝国、オスマン、ペルシヤ、アフガニスタン、……そして、かのモンゴル。ユーラシア大陸に冠たるまさに史上最大の帝国ですな」
  
トルージン、しゃぶりつくした骨で地図上を示す。
  
トルージン「そして、東をみよ。シベリアの彼方、地図の端に、コレこの通り、ちんけな帝国が描いてある。野猿の棲む島だ。<日本>という。領土を献上せよと命じたところ、あろうことか、この島の猿どもは、イヤだとヌかした。そればかりか、身の程知らずにも皇帝に対し宣戦布告をし、大陸満州に戦端を開きおったのだ」
  
ザーノフ、ナイフで料理を細分し、細分された食材を手で掴む。
  
ザーノフ「猿どもは、皇帝の威光に恐れをなし、集団発狂したのでしょう」
トルージン「うむ。猿どもにまともな思考力など、期待する方が間違いだ」
ザーノフ「聞くところによると、頭のてっぺんを剃り、奇妙に髪をくくるそうな」
トルージン「まさに辺境の野蛮人だ。文明をしらん。征服してやることで、野蛮人にも文明の光明を授ける。蒙昧な呪詛医療を改めさせ、美しい都市のデザインのありかたを教え、ルールを諭し、獣をして人間なさしめる」
  
トルージン、骨を床に捨て、靴でテーブル下に蹴り捨てる。
  
ザーノフ「なんと皇帝陛下の慈悲深きこと」
  
ザーノフ、掴んだ肉を喰らう。至福の咀嚼。
  
○在ストックホルム日本公使館。
  
栗野、菅田、明石、秋月、がフォークとナイフで夕食をとっている。
食材は貧困だが、明石を除き、他の者は、それぞれの理由で、マナーはいい。
滑稽なほど、過剰に良い。
  
菅田「そして今、ロシア皇帝の欲望は極東の小さな日本に向いています。皇帝の欲するものは太平洋に面した軍港なのです。」
秋月「渡しません」フルーツを曲芸なみの器用さで分解する。
秋月「帝国陸軍が、満州でロシア軍の進軍を阻止します。迎撃し追い返す」
  
菅田、気弱気に、明石の方を見る。
  
明石「ロシア軍の動員兵力は日本の十倍以上だ。満州に展開した日本軍は、踏みつぶされる」
  
秋月、鼻で笑う。
  
秋月「それが、帝国陸軍明石大佐の見分ですか?」
明石、頷く。
  
秋月「日本人には、大和魂があります。露助が何人束になろうと、気迫横溢したひとりの日本兵にはかなわない」
明石「文官がそんな馬鹿なことを口走ってもらっちゃ困るんだが」
秋月「大陸清国をさえ軽々とやっつけた帝国陸海軍ではないですか。明治開闢以来、列強毛唐どもの不当な態度に、国民の堪忍袋の緒は限界にきてるんです。世界を我が物と考え欲しいままに奪う列強の傲慢さ、これに鉄槌を下すは、神州日本の使命です。国民は大いに発揚しています。大佐、国民のオーダーですよ。帝国陸海軍は、国民の期待に応えて当然でしょう」
明石「無理なもんは無理なんだ」
  
秋月、ため息をつく。
  
秋月「なにを根拠に。明石さん、新聞読んでますか? ロイターは日本軍の優勢を報じてますよ。世界がそう言ってます」口を拭いたナプキンを膝に捨てる。
  
明石、首をひねる。
  
明石「なぜ、だろう?」心底わからなさ気。
秋月「皇国の兵は、みな潔く戦って死ぬ覚悟だ。なによりこれが強い」
明石「潔く、か」
栗野「明石君。靴が焦げている。あれは君のだろう?」
  
栗野、ストーブの上で湯気をあげている靴を指差す。
秋月、鼻を押さえる。
明石、手近にある布で手を拭き、のそのそ立ち上がって、ストーブに近づき、靴を取る。
  
秋月「明石さん。年上のあなたにこんなこと言いたくはないのですが、あなたは言うことやること、ちょっと常識に欠けてやしませんか?」
明石「ほう、常識?」
秋月「天皇陛下に命を捧げることは日本人としてごく当り前の常識です。あなたも一人前の大人なら、そのあたりのことをきっちりわきまえるべきだ」
明石「そうだね」靴の乾き具合を確かめている。
秋月「軍務研究もよいですが、もうすこし、世間を見られてはどうですか。どうも、あなたはズレていてやりづらい」
  
○陸軍省館内、高等警察本部。
  
早朝。
トルージンとザーノフ、中庭に列なした警官たちを見下ろす。
  
トルージン「皇帝陛下の慈悲深きこと。しかし、猿にはそのありがたさがわからない。猿ゆえ戦力の相違が数えられず、いたずらに手向かいおるのだ」
ザーノフ「困った猿どもですな」
トルージン「猿などはよい。だが、猿の狂騒に興じて踊る愚かな人間が、このヨーロッパにも現れる」
ザーノフ「人間には理性があります。猿と一緒にされては……」
トルージン「踏み潰したフィンランド。その反抗残党が、このストックホルムの地下に潜んでおるとの情報もある。人間とはいえ、いわゆる、狂信者、どもだな。こういった狂人どもが、猿の狂騒を猿真似んとも限らん」
ザーノフ「わがロシア高等警察の任務は、その狂人どもをいぶりだし全員の息の根を止めることにあるわけですな」
  
ザーノフ、心なしか窓に寄り、トルージンの視線から中庭を塞いでいる。
トルージン、押しのけて、警官の列を見下ろす。列に穴が目立つ。
  
トルージン「なぜこうも怠惰な連中なのだ」
ザーノフ「しかし、本国の選りすぐりです。高等警察には平民などは一人もおらず……」
トルージン「狂信者どもと猿を結び付けねばそれでよい! 数の少ない猿をよく観察しろ」
  
トルージン、日本公使館職員の名簿と職歴書をみる。
  
トルージン「とくに、老いた猿。素面な人間をさらに選りすぐって、こいつをがっちり監視させておけ」
  
トルージン、公使栗野の書類をザーノフにつき渡す。
  
○在ストックホルム日本公使館。
  
執務机に公使栗野。隅のソファーに菅田。窓辺に秋月。
明石、靴を両手に持って、部屋の中央で、子供のように突っ立っている。
  
栗野「靴も、もう乾いただろう」
  
明石、靴に足をねじ込む。
  
明石「ええ、そのようです。そこいらのホテルで本営の指令を待つことにします。お世話になりました。」
  
明石、ドアノ前で敬礼し、退出する。
  
秋月「平時に、軍人が研究交流のために、外国駐在するのはわかりますが、すでに開戦したんです。明石大佐、本国に戻って戦場に行くべき人でしょう?」
栗野「彼に呼び戻しの指令はきていない。おそらく来ないだろう」
  
秋月、せせら笑う。
菅田、肩を落す。
栗野、明石が出て行ったドアを見ている。
  
○セイゲルホテル、その一室。
  
気楽に姿勢で立つ、リュエフ、ラコスキー。
トルージン、半裸でベッドの上。娼婦が二人同衾。
  
リュエフ「このように、われわれにはいつでもあなたを殺すことができる」
トルージン「わわ、私はロシア高等警察署長であるぞっ! ストックホルムでわたしの名を聞いて震えあがらぬ者はないっ! あのトルージンであるぞっ! 人違いするなっ!」
リュエフ「合ってますよ。そのトルージンに言っている」
  
ラコスキー、娼婦を追い払う。
  
トルージン「貴様ら、何者だっ!」
ラコスキー「同じロシア人には違いない」
リュエフ「ペテルブルグ宮廷監査部です」
トルージン「宮廷監査部? ……なんだそれは」
リュエフ「皇帝陛下直属の部門で我々の存在は公にされていませんからね。公式機関であるところの高等警察の署長が知らないのは当り前です。本来なら、我々もあなたに接触すべきではないのです」
トルージン「どこの何者か知らんが、このストックホルムは、私の管轄下にある。貴様ら、高等警察の威光を……」
リュエフ「我々は『ロシアの霧』の指揮下にあります」
トルージン「……馬鹿な」
リュエフ「監査部の名前は聞いたことがなくとも、『ロシアの霧』の神話なら聞いたことがおありでしょう?」
トルージン「……『ロシアの霧』など実在せん。あんなものは宮廷貴族のうわさの上にでっち上げられた幻だ……もし……もし万が一実在したとしても、ソイツはペテルブルグ宮廷内部に出没する者だろう。ここは外国だぞ」
ラコスキー「戯曲調に言ってやれよ。でないとコイツのアタマじゃ理解できんよ」
リュエフ「皇帝にとって好まざる人物は排除すべし。私達の目的は一致するでしょう?」
トルージン「協力しようと?」
ラコスキー「ばっか」
リュエフ「協力? いい言葉ですね。そうしなさい。お持ちの情報のすべてを我々に提出し、時と場合を選ばず、我々の出動命令に応じていただきます」
トルージン「私にどういう利点があるのだっ!」
ラコスキー「部下の能力査定の手伝いくらいならできるぜ。護衛を増やしな。協力を怠れば、いつでもどこでも我々は現れる」
リュエフ「明後日、ご自宅にお伺いします。それまでに資料をそろえておいて下さい」
ラコスキー「んじゃ、あばよ」
  
○その廊下。
  
高等警察、署長護衛の警官が6人、ばらけて倒れている。
リュエフとラコスキー、それらを踏みつけながら悠々と去って行く。
  
○ホテル・ニーヴァ、フロント。
  
入ってきた秋月、フロントの老婆に会釈し、カウンターにある宿帳を取る。ぱらぱらめくる。
新しいページに、宿泊者記帳がある。

「国籍・大日本帝国  姓名・明石元二郎」

秋月、真っ青になる。
カウンターの老婆、ニコニコしている。
  
老婆「その人なら2階の部屋にいるよ」
秋月「そンな馬鹿な」
  
○ホテル・ニーヴァ、明石の部屋。
  
明石、床にコートを広げて、その裏生地に字を書き込んでいる。
秋月、飛んで上がってくる。
  
秋月「あなた気は確かですか! あなたは、帝国陸軍の軍人だ。駐在武官といえど、それにちがいない。この街では偽名ぐらい使わないと、……高等警察に密かに殺されたらどうするんですか!」
明石「君は、親切だね。まっすぐだ」
  
秋月、苦々しい顔で、ドアを叩き閉める。
  
秋月「出て行かれた以上、日本公使館は、あなたの面倒はみませんから。私だって好きで来たわけじゃない。なに書いてるんです?」
明石「だからさ。こんな異国で、名無しのゴンベイのまま死体になって捨てられちゃ拾った人が迷惑するだろうから。身柄がわかるように名前を書いてる。これなら、公使館も遺骸を拾いにこないわけにいくまい」
秋月「きっぱり飛び出してきたわりには情けない。潔さってものがないんですか、あなた」
明石「オレあ、西郷どんにも、坂本竜馬にもなれんよ」
秋月「坂本リョーマ? てだれです?」
明石「知らんか。明治政府も、しょせん薩長の寄り合いにすぎんてことさ」
  
秋月、覗き込む。
明石、コートの裏地に名前を書き込んでいる。
英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語、その他秋月にもわからない文字が並んでいる。
  
秋月「案外、器用なんですね」
明石「世間も見回さず、閉じこもってひとつことに熱中していれば、これくらいのことは君にだって、できるようになるよ」
秋月「それは前わたしが言ったことへの斬り返しですか? えらく遅いな。ずいぶん執念深くてどうにも暗い」けらけら笑う。
明石「ところでなにしにきた?」
秋月「宇都宮さん、ご存知ですか?」
明石「在露大使館で一緒だった。オシャレな外交旦那だ。いまロンドンだろ?」
秋月「こっちに来られてますよ。あなたに会いたがっておられたので、渋々ご報告」
  
明石、笑う。
  
明石「やはり、存外律儀ないい若者じゃないか、君は」
秋月「あなたと違って常識がありますから。協調和合は日本人の美徳です」
  
秋月、愛想よくにっこり笑ってから、不愉快な顔つきで明石を睨みつける。
  
○河沿いのカフェ。
  
明石、ずるずるに着崩れた洋装。
宇都宮、ぴったりに仕立てられた洋装。立派な英国紳士ぶり。
ふたり、路上端のテーブルに座っている。
  
宇都宮「やあ、あいかわらずいい狸顔だ。ほっとする顔だな」
明石「ほっといてください」
宇都宮「干されて拗ねてるそうじゃないか」
明石「本営のエライ人には好まれてませんもので……。拗ねちゃないですよ」
宇都宮「エライひと……児玉サンか」
明石「軍隊じゃ見栄えのいい乃木サンみたいなのが可愛がられるんです。どうせ、ぼくみたいな狸面じゃ、率いられる兵士も死にきれんでしょうよ」
  
宇都宮、笑う。
明石、むっとする。
  
明石「外務省のエライさんが、ぼくなんかになんのお話があるんですか?」
宇都宮「ロンドンは、世界の情報が集まる。あそこにいれば、クニにいる君の嫁はんが、いつ誰と寝たのかも、すぐにわかるぞ」
明石「知りたくないですね。戦局はどうです?」
宇都宮「勝ち目ナシだな。日本はもう兵隊もカネもカラッケツだが、ロシアは左うちわだ。シベリア鉄道が完成したら今の3倍の兵力がピストン輸送されるようになるだろう」
明石「新聞が言ってることと違いますね。フランスでは、日本が快進撃してるって聞きましたよ。この戦争はこのまま日本が勝つって」
宇都宮「ロシア軍の意図的後退だ。満州にいる日本軍の補給路をしたたか延長させて、一気に包囲逆襲してくる。奉天が危ない。ロシア軍が反撃に出た時が日本軍の全滅するときだ」
明石「ちくしょう思った通りだ。帝国陸軍は猪突猛進で脇が甘い。見てくれ華々しいから、ヨーロッパの記者連中には、日本の快進撃に見えるんでしょうね」
宇都宮「その観測は丙だな。君は、報道てものがわかってない」
明石「なんですか、記者連中がおもしろがって快進撃報道にしてる、とでも?」
宇都宮「記者じゃない。日英同盟のなせる技さ。世界各地の情報は一度ロンドンにかき集められ、ロンドンから世界へ回覧される」
明石「それがなにか?」
宇都宮「日本は自力で戦争ができるほど金持ちじゃない。列強からカネを借りて戦争をしている。負けそうな国には、だれもカネを貸しちゃくれん。カネがなければ、砲弾も作れず戦えん」
明石「そういうことを国民が知らないじゃないですか。日本の新聞も新聞だ。外国報道を真に受けて、どうどう自力でロシアをやっつけられるかのようなことを書くから、国民だって勘違いする。火の車になってる帳簿公開して、丸々借金だって言えばいい。日本は外国と戦争できるほど金持ちの国じゃないって」
宇都宮「だから、君はそこがわかってない。そんな内情を知って喜ぶのは、ロシア軍だ。日本の困窮を知れば、さらに嵩にかかって日本に踏み込んでくる」
明石「敵に隠し事をするために、自国民にも目隠しをしてしまうんですか。それで戦争遂行は国民の総意だなんて、よく言える。いつかろくなことにならなくなりますよ」
宇都宮「地球は極楽浄土じゃないんだよ。他にどうすべきか策があるなら言ってみたまえ」
  
明石、即座の返答に困る。
  
宇都宮「まあ、聞け。ロイター通信は、弱小可憐な日本に同情的だ。連中にとっちゃ、これは童話の中の戦争なんだ。ヨーロッパ最強帝国の悪の皇帝が、農民と漁民しかいない小さな小さな平和な島を略奪しようとしている。しかして勇敢にも皇帝の大軍に立ち向かう善玉日本人。勇者ここにあり」
  
明石、鼻で笑う。
  
明石「ヨーロッパの諸国家は、もとからロシアの侵略本能に危機感を持っているのです。いいように代用されているだけだ。なにが勇者だ」
宇都宮「ち、い、さ、な、勇者だ。こういう言葉が大事なんだよ。諸国の同情を引かなければ日本は侵略から身を護れん」
  
明石、頭を抱える。
  
明石「日本の大本営は……」
宇都宮「他国に侵略されるくらいなら、国民がひとりのこらず死に絶えるまで、戦うことを命じるだろうぜ」
  
  
宇都宮「私は夕方の船便でロンドンに戻る」

宇都宮、懐中時計を見る。

「ところで、君いまいくら持ってる?」
明石「カネ? ここの支払いなら持ちますよ」
宇都宮「そんなハシタガネじゃない。国が買えるくらいのカネ」
明石「大金なら、栗野公使が、百万円持ってますね」
宇都宮「すごい。百万とは破格値だな。」
明石「公使館の運用資金です。外交機密費てやつ」
宇都宮「栗野は、それをどう使うつもりなんだ?」
明石「和平工作でしょう。……ペテルブルグの宮廷貴族にばらまいて、皇帝に日本との和平説得をさせようとしています」
宇都宮「それはダメだ。それは開戦前に伊藤博文もやろうとしたが失敗してる。もっとも、それで良かったんだが、……ロシアは公約を守る国じゃない。あんな国と不可侵同盟条約なんか結んだヒにゃあ、いいようにテゴメにされて捨てられるだけだ。スウェーデンがいい例じゃないか。日本はイギリスと組めたのが最大の幸運だったんだ。これを使わないテはない」
明石「ははあ、東欧の栗野公使に百万円が落ちて、ロンドンのあなたには落ちなかったてあたりで、拗ねてんですね」
宇都宮「私は、干されてはないぞ。地球の裏側で、日本のために忙しく働いているよ。言ってるだろう。ロンドンには世界中の情報があつまり、そこから……」
明石「カネとか報道とかなんかじゃ戦争には勝てません。それもガセ報道なんて。戦争は実弾でするものです」
宇都宮「君、栗野さんの百万円、掠めとれんか?」
明石「なに言ってんですか?」
宇都宮「カネと報道で戦争に勝つ」立ち上がる
宇都宮「東欧は君に任せる」
明石「任せる? なにを? ぼくは陸軍大佐です。文官の横槍をなあなあと聞いてちゃ軍規が崩壊します」
宇都宮「……。児玉サンには、プランパワーがあるよ。君を呼び戻さないのは考えあってのことだと思う。私には、なんとなくわかる」
明石「だから。同郷だからってつるまれては困ります。大将も大将だ。軍政と国政をごっちゃにするような、ああいう・・」
  
宇都宮、聞いていない、欧米人のように背中を向けたまま手を振ってちゃきちゃき店をでてゆく。
  
明石「……なにができるってんだ、今の俺に」
  
○路上
  
明石、ぽつぽつ歩く。
なにか思い出して、立ち止まる。
襟の臭いをかぐ。
ふりかえる。

×××

振り返ったところにいたイリューシャ。
  
イリューシャ「つけてたんです」
  
×××
  
明石「……なぜ?」
  
×××
  
イリューシャ「この国には」
イリューシャ「たくさんの」
イリューシャ「味方」
  
×××
  
明石、歩き出す。
  
○在ストックホルム日本公使舘、廊下。
  
明石、扉を開けてずかずか乗り込んでくる。
  
秋月「おや、めずらしい。ここはキライじゃなかったんですか?」
明石「決めた。戦争だ。天皇万歳。七生報国。やると決めたら断固やろう。この戦争、大日本帝国に勝っていただく」
秋月(言うコトもめちゃくちゃだし……)
  
○在ストックホルム日本公使館・栗野執務室。
  
栗野、執務机の座って瞑目している。
ノックの音。
  
明石「明石です。入ります」
  
明石、入ってくる。
  
栗野「なんだ。まだ、このストックホルムにいたのかね?」
明石(こんの爺ぃまでなんだ!)
明石「用事がありますからね。ついては、無心したいことがあって来ました」
栗野「なにかね」
明石「ぼくに百万円下さい」
  
栗野、座りなおす。
  
栗野「君はなにかね。白昼堂々この日本公使舘へ押し込み強盗を働きにきたのかね」
明石「だから、ちゃんと顔をあわせて、下さいっ、と言ってお願いしています」
栗野「百万という金額が、今の日本にとってどれほどの大金か、君わかっているのか?」
明石「女工が生糸を紡いで稼いだ大事な外貨です。我々にはとうてい稼ぎ出せない大金ですね」
栗野「国家を賄う大事な資金だ。それをどうする気だ」
明石「この国の貧民にバラまきたいんです。みんな生活に困って窮しています」
  
栗野、あんぐり口を開ける。
  
栗野「君は、なにを言ってるんだ? この国の女にでも泣かれたか? ……君まさか、森先生の」
明石「そんな理由で、百万円も貢ぐバカいませんよ。森センセだって結果オンナから逃げた」
栗野「では、なにに使おうというんだ!」
明石「栗野公使の考えておられるような使い方じゃダメです」
栗野「批判を聞いてるんじゃない。きみの用途を聞いている」
明石「言えません」
栗野「まるでスジが通っとらんじゃないか」
明石「言ってもいいが、聞いたが最後、栗野公使、あなたの生命は保証しかねますよ」
栗野「なにをコシャクな」
明石「チョウホウに使います。ジョウホウセンソウに使います。そのテレンテクダを聞いたが最後、あなたも一味になる。コトが発覚すれば、スパイのカタワレとして戦犯裁判にかけられるコトになる」
  
○路上
  
イリューシャ、黒いコートに包まって、そこから白い手を伸ばしている。
指先で、ノラネコと戯れている。
  
イリューシャ「……」
  
○在ストックホルム日本公使館・栗野執務室。
  
栗野「オンシャこのわしを脅すとか?」
明石「脅す方も、すでに脅かされてるんです!」
栗野「だれに?」
明石「そ、それは……それは……」
  
明石、躊躇する。
  
栗野「きみは一体、ダレに脅されているというのかね」
明石「……それは……自分、にですよ」
栗野「はあ?」
明石「衝動にですよっ! このまま負けられないンですよっ! 公使っ! ドブに捨てたと思って、ぼくに百万円下さいっ!」
栗野「……。呆れたわ。まったく、呆れたぞ、明石君」
明石「お願いします!」
栗野「君は諜報をなそうとしている。もっとも繊細さを要求される仕事だ。論理だって要る。君のはムチャクチャではないか」
明石「……ダメ、ですか」
栗野「ダメ、だな。まったく話にならん」
明石「……」
  
○在ストックホルム日本公使舘、表の道。
  
明石、ポツンと出て来る。
ぼろぼろ泣き始める。コートのすそで顔面をゴシゴシやり、
たらした鼻水をそでにべっとりくっつけて、とぼとぼ歩いてゆく。
ノラネコだけが意味もなくついてくる。
(続く)
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