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F is For Fragments

フはフラグメンツのフ

“CONCERT OF POWERS”

 イギリスに始まった産業革命は、中世の暗黒の中にまどろんでいたヨーロッパ諸国の体質を豹変させたばかりでなく、近代世界の軌道をも決定してしまった。
 河畔から水車小屋の点在する牧歌的な光景を一掃し、火力機関で急旋回する歯車の群れと煙突を並べることで、ヨーロッパ諸国家は産業文明の基盤を初めて地上に築いたのだ。
 産業文明は、その生理上、低コストで資材を採取できる土壌を必要とする。それが尽きるとたちまち国家は枯渇し、破滅する。ヨーロッパ諸国家は、産業文明の渇望するものを支え続けなくてはならない宿命を背負った。帝国主義の略奪本能は、そこから発生する。
 かれらにとってヨーロッパだけが文明であった。アジアは、先に旗を立てた者がそのまま所有権を主張できる、どうにでもしていい土地と思われていた。ヨーロッパの列強諸国が競って植民地獲得レースに熱中した。個人の冒険心で海洋を越えるスペイン、ポルトガルの勇猛な船乗りたちが他国のライバルをいち早く引き離す。だが時代は産業体制の必然性から、すでに個人の力を否定するシステム社会に成長していた。
 ヨーロッパ本土から適度に距離をおいた島国の客観的な観察力。それを情報処理能力にまで高め、秩序と規律を重んじた近代的組織を構成する時代の主役、大英帝国が植民地獲得レースの最終的な勝利者となった。
 植民地から搾取された膨大な富がロンドン一都に集中し、大英帝国はその「陽の沈まない国」の繁栄を全世界に誇ったのだ。





 ヨーロッパ東端のもっとも巨大な帝国は、その領土拡大本能から勢いで奪ったシベリアの扱いに困窮していた。ロシア帝国の歴史は広大すぎるシベリアを得たことで狂いはじめる。不必要な領土の維持と皇帝の恐るべき気まぐれが大帝国を崩壊へと導いていた。皇帝はそれでもなお、植民地を欲した。


 シベリア東端の少し下。日本は300年の自閉的な安眠状態にあった。その眠りを覚ましたのは正確にはペリーの蒸気船ではない。大陸中国の巨大な悲鳴であった。列強国家が大陸中国の巨体からその生きた肉を食いちぎっていくように植民地を付設していく様を目撃した、おそれだった。極東の島民にとってまったく未知な産業文明を持つ列強の恐ろしさにパニックを起こした。あわてふためき倒幕、開国し、従順を装って近代帝国の形を真似た。無心に真似た。
 朝鮮半島の統治権で清国と利害衝突を起こした日本は、戦闘に転じて清国を破る。大日本帝国が強かったのではなく、清国が国家として、弱体化しきっていたにすぎない。大陸の巨人は、産業文明に背をむけながら、近代史の舞台から遠ざかっていく。


 大帝国ロシアの皇帝は、その気まぐれからついに軍団を南下させて満州を脅しとろうとした。明治日本は、まちがっても大帝国ロシアと戦って勝てるような国ではない。結果は歴然としている。だが、地理上満州を失うと日本の国防は成り立たない。
 帝国主義の世界なのだ。地球は力で領土を奪ってもいい世界だった。日本は近代化して間もなく国家滅亡の危機に直面した。勝ち目の全くない防衛戦争に目をつむって突入した。気がおかしくなったのだ。
 アメリカという人造の新興国は自国の建設に忙しく、まだその力を世界に誇示してはいない。日露戦争には中立を守った。大英帝国は、すでに統治者として成熟し、時代に出遅れたロシアやドイツ、日本の暴力を静観したり批判したりする大人になっていた。イギリスのうとむものはロシア皇帝の暗愚な侵略本能だった。日本の同盟に応じて、ヨーロッパでロシアの国情を悪化させる情報操作を密かに行った。
 ロシアには革命の兆しがある。皇帝を葬るチャンスだった。





 大日本帝国は日本海でロシア・バルチック艦隊を撃退し、きわどすぎる勝利をかろうじておさめる。戦闘による勝利ではない。ロシアに沸き上がった革命運動に救われたのだ。
 その後、勝利の実態と世界の状況をついに把握できなかった、この小さな島国の尊大な大帝国がどういう妄想を抱き、いかにして滅んだかは、歴史のしるすとおりである。










 アメリカの豪華客船ノスタルジア号が、ニューヨークピア37から、イギリスサウスサンプトンへ向けて出港したのは、日露戦争の2年後。1907年7月6日のことである。
「ノスタルジア1907」マニュアルより。
これがプロローグだという時点でもう痺れる。
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