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フはフラグメンツのフ

“A HAPPY NEW YEAR.” (3)

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“A HAPPY NEW YEAR.” (3)




○ホテル・ニーヴァ、明石の部屋。
  
秋月、上がってくる。挨拶もせず、隅のソファに座り込む。うなだれる。
  
秋月「本営が出し渋っていた戦況報告書をみたんですけどね。ロイターの報道ととんでもない食い違いがある」
明石「不思議な話だよ。戦争やってる当事国の外交官ですら、外国の報道通信を元に世界を見てるなんざ」
秋月「日本は負ける……滅びるんだ……」
明石「うん、そういってるじゃないか」
秋月「あれ? ところで、明石さん、なにしてるンです?」
明石「ヒモを選んでいる」
秋月「首でもくくるンですか?」
明石「うん。郷里の実家は土豪侍の出だったが、爺イはぼくに腹の切り方を教えてくれる前に他界してしまったからねえ。しかたがナイから丈夫な縄で一息にギャッと」
秋月「ああ」
明石「秋月君。皇国が滅ぶ時が国民の死すべき時なのだろう。それが一人前の大人のすることだ。ぼくには皇国の滅びが完璧に見えたから、いま死ぬよ。栗野公使も、追って死んでくれるよ。常識あるニッポンの外務省公使だから」
秋月「執念深いな」笑う「どうして急にそんな」
明石「世間に負けた。君もそうなさい、この縄なんか結構いけそうだよ」
秋月「いや、あなたは勝ってますよ」
明石「もういいよ、ほっといてくれ」
秋月「栗野公使から、いくらかカネもらってきたんですけどね」
明石「国へ帰るカネ位自分でなんとかできるよ」
秋月「フランス紙幣で50万円分。出しましたよ。常識人が」
明石「やっぱり、世の中、どうかしている」
秋月「信じないンだなあ」
  
秋月、紙幣束をテーブルの上に積む。
  
明石「……」
秋月「日本はもうダメだ。この金掴んで、南方へでも逃げませんか? 南の島で皇帝になれますよ」
明石「領収書いるのかなあ」
  
秋月、吹き出す。
  
秋月「外交機密費だ。スパイ活動でバラまく金に領収書が要るワケないでしょう? おかしなトコロで律儀な人だ」
  
秋月、笑い出す。
  
秋月「いや、もうそんな話いいですよ。逃げましょうって」笑いおさまらない。
明石「なぜ50万?」
秋月「あなた百万はふっかけただけでしょう? 本当に必要だってのは、これくらいだったはずだ。恩に着せるようにして50万もかすめ取るなんて、あなた立派な詐欺師だ」
明石「しょせんは官僚だ。公使にだってマトモな金銭感覚はナイだろうよ。血税だぜ。しかし、どうして出したんだろう」
秋月「栗野公使? あなたは、上役、常識人、てのを見誤ってますよ。維新前の一件で新政府になってからも、しばらく謹慎くらって、出世こそ遅れてますが、栗野公使は……」
明石「維新前の一件、てなんだい」
秋月「幕末の頃です。路上でガイジンを斬った。たまたま居合わせただけだといわれてますが。栗野公使は、私たちと違って藩士だった人だ。髷を結ってカタナを差してた。いまは洋装してますが、中身は行儀がいいだけの外交官じゃない」
明石「あいつら世代がいつまでもサムライ気分なのが困るんだ。癒着のカタマリだ」
秋月「そう、大本営にも縁故知人は多い、ですな。で、あなたのこと問い合わせたそうですよ。そしたら陸軍の大将が」
明石「児玉サンが?」
秋月「明石大佐にヤラセロ、と」
明石「野朗いまさら何いいやがる」
秋月「指令書は追って送るそうですよ。そそっかしい大将ですな」
明石「軍総参謀長のくせに軍の中で大人しくしてるってことができない。おまえら外務省と連絡とって外国工作にまで口出ししちまや、そりゃ国政への介入じゃないか。なぜ、おまえら怒らない」
秋月「明治日本を愚弄してますな。で、どうするんです? 明石さん」
明石「ロシアの圧制を憎む人間なら、この国に腐るほどいるぜ!」
秋月「ああ、地下組織か。しかし、明石さん……そいつらにロシアへの反逆意思があるからって、我々日本人の味方とは限らない。欧州人には違いない。しかも反逆者。テロリストだ。凶暴さは高等警察の上を行くかもしれない……」
明石「だろうな」
秋月「そもそも、どうやって接触するんですか? なにかアテはあるんですか?」
明石「全然」
秋月「やっぱり、あなた、干されるだけの理由が、なんかある人ですよ……」
明石「なに、心配するな。ここに着いたとたん街の娘に励まされた。なんとかなる」
秋月「しつこいようですけど、高等警察にだけは本当に気をつけてくださいよ」
明石「うんうん」
  
明石、無造作にカネをかき集めてコートのポケットにバサバサいれる。
  
○舗道。
  
明石、通りすがりの男を呼び止める。
  
明石「あのう」
「……」
明石「帝政ロシアに反抗している地下組織の首領の名前をご存じありませんか?」
  
男、逃げてゆく。
  
明石「ケッ、肝っ玉の小さい」
  
○高等警察本部、署長室。
  
ザーノフ「日本公使舘のモトジロウ・アカシ」
トルージン「役にたたんから日本公使舘を放り出された男だろ。そいつがどうした?」
ザーノフ「市警の報告によると、その……、路上で市民を捕まえては、反抗組織首領の名前を聞いて回っているとのことです……」
トルージン「かわいそうに、食い物が合わなかったのだろう」
ザーノフ「あの男、日本の武官です。よもやスパイ行為を」
トルージン「馬鹿馬鹿しい。そんなマヌケなスパイが地上に存在するものか」
ザーノフ「しかし」
トルージン「もし、その報告が事実だとしてもっ! それは日本公使舘の陽動作戦だっ! 本命はクリノだ。そのスキに動くっ! きっと動く。アカシなどほっとけ」
  
トルージン、怒って立ち上がる。
  
トルージン「そんなことより、わたしの護衛はどうしたっ!」
ザーノフ「はっ! ではアカシの監視分を署長の警護にあたらせます」
  
○舗道。
  
明石、初老の夫人を捕まえる。
  
明石「あのう」
夫人「あら、あなたね? いま街で評判の変な日本人」
明石「あら? もう評判になってますか……それはマズいな」
夫人「そうよ、マズいわよ。前はそんなじゃなかったのに、ロシアの警察が入ってこっちだれが密告するかわからないイヤな街になっちゃっているんだから、あなたも気をつけないと……」
明石「ありがとうございます」
夫人「でも偉いわ……こんなに小さい人なのに、あの皇帝と戦うなんて」
明石「ファンタジーじゃないんです。それにぼくはもう大人です」
夫人「そうね、ごめんなさい」
明石「知りませんか? 地下組織の」
夫人「もし知ってる人がいたとしても言えませんよ……こわいもの……」
明石「そうでしょうね」
夫人「だから、でしょうね……ここがこんな風になったのは。カストレンも大変だわ」
明石「なんですって?」
夫人「さようなら、勇気ある島の人」
明石(……。カストレン……)
  
○路脇。
  
角を曲がる夫人。
イリューシャ、夫人に紙幣をわたす。
  
夫人「いらないわ。眼をみればわかります。とってもいい御仁ですよ」
イリューシャ「……」
夫人「あなたも、ね」
イリューシャ「……」
夫人「ごめんなさい、おせっかいな言葉ね。……どこのお嬢さんか知らないけれど、こんな物陰で頼まれなくても、あの人なら、わたし自分から教えてあげたでしょう」
  
夫人、微笑みかける。
  
夫人「こういう形でお金を使って人に言付けを頼むのは、はしたないことよ。幸せになる道を探しなさい、さようなら」
  
イリューシャ、両手を口にあてて暖めてみる。
  
○ホテル・ニーヴァ。
  
秋月「カストレン? ……どっかで聞いた名前だな……かすとれん、糟取れん」
明石「フィンランド憲法党の長老だ。フィンランドから消えたと思っていたら、こんなトコロにいたんだ」
秋月「祖国が陥落したあと、このストックホルムの地下に潜んで、反撃の機会を待っていた、か。なある、ありえますね」
明石「近々、会いにいく」
秋月「はあっ? どうやって?」
明石「ぼくぁ、もう充分コナ蒔いたよ。むこうが本気なら、そろそろ顔を出していいころだ。それが互いの礼儀というものだろう。これで無視されたら運がなかったと思って諦めるしかない」
秋月「……」
明石「どうした?」
秋月「いや驚いたなあ、あなた一人前に地下組織の大ボスをテストしてる」
明石「対等にやってくれる奴しかアテにならん。アタリマエのコトだ」
  
○舗道、白夜。
  
明石、ぶらぶら歩いている。
後ろから馬車が追いついてきて平行に進む。
明石、立ち止まる。
馬車、止まる。
窓ごしに、車内の壮年の紳士と眼が合う。
  
紳士「あなたのやってることは、不快を訴えて泣き叫ぶ赤子も同然だ。その大きな声が、結局は狼を引き寄せてしまう」
明石「……。見過せない、のは、地下組織の面々でしょうね」
紳士「ええ。大変、迷惑です」
車内の暗がりに、紳士の握るピストルが見える。
  
○走る馬車、車内。
  
明石、目隠しをされて座っている。
  
紳士「これがもし、ロシア高等警察の罠だとしたら、あなたはどうしますか?」
明石「カストレンとわたしの目的は同じです。もし、カストレンが本気で帝政ロシアと戦うなら、……またその力があるなら、わたしがロシア高等警察の罠に落ちることはないはずだ」
紳士「……」
  
○架橋
  
イリューシャ、フードをかぶり、雪の中、架橋の上から凍った河を見下ろして立っている。
背後の路上を馬車が走り抜ける。
イリューシャ、振り向かない。遠ざかる馬蹄の音を耳で追っている。
ラコスキー、街灯の暗がりからイリューシャに駆け寄る。
イリューシャ、頷く。
ラコスキー、馬車を追って暗がりに走り去る。
  
○貧民窟、狭い路地。
  
明石と紳士、ロバの絵の掛かった酒屋の表に立っている。
紳士、中に入る。
明石、続く。
ふたり、階段をのぼる。
ドアがある。
開けて入る。
  
○表通り路上
  
イリューシャ、ガス灯の照射からそれて、暗がりに身を没する。
  
○室内。
  
 明石、立っている。暖炉のある広い部屋。
暖炉の側にある椅子に温厚な微笑を浮かべた老人がいる。
  
老人「どうぞ、おかけください。わたしが、カストレンです」
明石「明石元二郎です」
老人「ええ、わたしは、あなたのことをとてもよく知っています」
  
○下町巷、路上。
  
 ラコスキー、寒いのか足踏みしている。
歩道の並び、ガス灯の照射の外、闇の中から、ふいにイリューシャ、現れる。
  
ラコスキー「……」
  
 イリューシャ、フードをうしろに跳ね上げ、金色の長い髪を振り出して雪をはらう。
ラコスキーを見る。
  
ラコスキー「……。見失いました」
  
 イリューシャ、小首を傾ける。無機質な表情。
  
ラコスキー「この先は、貧民窟です! ロシア人は生きて出れませんっ! すみませんっ!」
  
 イリューシャ、コートを脱いで、ラコスキーに渡す。
  
イリューシャ「ついてこないで」
  
 イリューシャ、狭く入り組んだ舗道を歩き始める。
雪が激しい。
イリューシャ、髪の毛を両手でくしゃくしゃにする。
ブラウスのボタンを引きちぎる。
  
○酒屋二階。
  
老人「あなたを迎えに行ってくれたこの男はシリヤクスという。フィンランド過激反抗党党首だ」
  
明石、背後に立っている紳士を見上げる。
  
明石「過激、反抗、党」
  
紳士の後の壁には、明治帝の肖像画が飾ってある。
  
紳士「この日本の皇帝が、われわれを救うことを信じています」
  
明石、老人の方を見る。
老人の後ろの壁にもなにか飾られている。
  
明石「それはなんですか?」
老人「私の罪状が書きならんだ私の国外追放状です。希な一品ですぞ。ロシア皇帝ニコライ二世の直筆署名入りですからな」愉快気に笑う。
明石「帝政ロシアは中世の蛮性と近代の兵器を重ね持つ奇形国家です。ロシアの皇帝は、ナポレオンの見た夢がこの20世紀で見れると本気で思ってる」
紳士「独立を望んで暴動を起こしたポーランドに、皇帝は大軍を送り込んだ。ワルシャワを蹂躙し、今はロシアの直轄領です」
老人「フィンランドに踏み込んだ皇帝は、憲法を廃棄させ、フィンランド人による自治権を奪った。フィンランドを統治しているのは、ロシアから派遣された総督なのです。この所業、日本とて、例外ではないでしょう」
明石「……。イヤだ。そんなコトされるのはイヤです」
  
明石、帽子を脱ぐ。
  
明石「しかし日本に、その鉄爪をくじく力はもうありません。わたしの国は、このまま滅びるでしょう」
紳士「……。しかたのないことですな」
明石「……。フィンランドは、そのひとことの前に滅びたのですか?」
  
老人、ニヤリとわらう。
  
老人「滅んではおらん。わたしはまだここに生きておる」
  
明石、わらう。
  
明石「失礼しました。わたしに出来ることはなんですか?」
紳士「かの国が併呑した他国をこうも過酷に虐げ、暴力支配下に置くのは、かの国自身が、暴力支配によってしか保たれない国だからなのです。ロシアには、かつて異民族であるモンゴル人チンギス・ハンによる暴力支配を受けた屈辱的な過去があります。そこから脱却したが、今は、皇帝一族がハンにとって代っただけだ。皇帝一族が、異民族であるハン一族と同じ暴力支配で、みずからの同朋国民を支配している。それが現在の帝政ロシアなのです。そしてその暴力支配を東欧、中東、極東へと拡大させようとしています」
老人「ロシア人民のほとんどは農民ですが、そのうちの半分以上は農奴だ。農奴は人ではない、家畜と見なされる。地主の所有物だ。自由に売買し、シベリアに流刑してしまうことも勝手だ。皇帝一族の繁栄はその上で成り立っている。こういう国は迷惑だ。地上にあってもらっては困る」
紳士「すべての諸悪の根源は、皇帝の存在にあります」
明石「……。皇帝を刺そうとでも?」
  
紳士、わらう。
  
紳士「皇帝都ペテルブルグのいる専制君主をだれに刺せますか? お国のニンジャにお願いできますかな」
  
明石、苦笑して首を振る。
  
老人「では、ワルシャワの話を思いだしていただきたい。実際に反乱を起こしたのは……皇帝を直に裁こうとしたのはだれであったか」
明石「……え?」
  
○貧民窟。
  
舗装されていない泥道。両側に圧迫する高い壁。
全力疾走し、またたく間に方向感覚を失うイリューシャ。
暗がりに潜み、意外に数の多い浮浪者たち。逃げ場を塞ぐように近づいてくる。
イリューシャ、息が切れて倒れる。
狭い路地の底に両手をつき、粗く、深く息を吸うイリューシャ。
イリューシャ、怯えきっていることを自覚しながら、なぜか笑えてくる。

××××

狭い路地。
転がった母親に押し出される幼女、
幼女、這逃げる。
追って来るロシア兵、
背後の喧争、市民の暴動、鎮圧にかかる軍隊の銃声。
幼女、息が粗くなる。
迫って来るロシア兵、
幼女、暗がりにしゃがみ込んで震える「・・・・メ・ネ・・・ポイス」

××××

貧民窟。浮浪者に取り囲まれるイリューシャ。
  
イリューシャ胸元を押さえて立ち上がる「・・リカ!メネポス!」
  
急に袖を引っ張られる。
こぎたない老婆、前歯がみんな抜けてる。
  
老婆「追われてるね?」
イリューシャ「……。高等警察に……」
老婆「だめだ。悪いが、かばってやれない」
イリューシャ「わかってる。だいじょうぶ」
  
行こうとするイリューシャの袖を掴んでいる老婆、表情が迷っている。
  
老婆「待ちな。あんた……フィンランド人だろ」
  
イリューシャ、目が泳ぐ。
乾いた風の音。
  
○シベリア・夏。
  
乾いた風の音。
ツンドラの枯れた大木に吊されている幾つかの腐った肉塊。
制服を着た一団が視察に現れる。
制服を着た太った女、棒杖でその唯一の生き残りのあごを上げてみる。
呼吸する肉塊、虚ろな目を向ける。
イリューシャ・グランセリウス、9才。
  
イリューシャ「わたしは、死を恐れません。わたしは、皇帝陛下の御心によって生き、御意のままに死ぬものです……わたしは、死を恐れません、わたしは、皇帝陛下の
御心によって生き、御意のままに死ぬものです……」
  
太った女、満足気にうなづく。
  
教官「下ろせ」
  
○シベリア・冬。
  
猛吹雪。
地図とコンパスを持ってさまようイリューシャ・グランセリウス。
断崖。
複雑なロープワークを駆使して垂直壁を登りきる。頂きの小屋の根元に爆弾を装着し、口に咥えた導火線に火をつける。
導火線の火の明かり照らし出される、イリューシャ・グランセリウス10才。
  
○牢獄。
  
制服を着た太った女とテーブルごしに差向うイリューシャ。
  
イリューシャ「そして、わたしは針金で赤ん坊の首を絞めました」
  
太った女、イリューシャの頬を棒杖で殴る。勢い転がるイリューシャ。
  
教官「まばたきしながら喋るなっ!会話とは演技だ!そんな演技では尋問官にウソが見抜かれる。正体が見破られたら、おまえは壊されるっ!壊されたら任務は失敗だ」
教官「皇帝陛下のみが神だ。人間は非道の生き物だ。皇帝陛下に従わなない非道の人間どもに捕まったとき、なにをされるか、いま教えてやる。ここに手をだせ」
  
男たち、イリューシャの小さな手を押さえつけ机の上に広げる。
太った女、イリューシャの人差指の爪の間に釘を突き刺す。ハンマーで打ち込む。
髪をつかんで、イリューシャの顔を上げさせる。
  
教官「馬鹿者っ!訓練を受けていない普通の女は、拷問にかけられたら泣き叫ぶものだっ!泣けっ!喚けっ!許しを乞え!」
  
イリューシャ、泣き喚く、絶叫する。
太った女、イリューシャの中指の爪をペンチではぎ取る。
  
教官「この程度の拷問など恐れるに値しない。苦痛の限界にあることを全身で表現し、すべてを自白しきったと敵に思わせるのだっ! ここにあるのは姿のない苦痛だけだ。爪根が傷つかないかぎり、爪はまた再生されることをおまえは知っている。また働けるようになる。皇帝陛下の為に何度でも働けるようになるのだ」
  
○原林。
  
兵士の背後に忍び寄るイリューシャ。猫のようなしなやかさ。後ろから兵士の
首に針金を引っかける。適度にあがく兵士。
  
教官「絞め殺せ」
  
兵士、教官もイリューシャも本気と悟って、死にもの狂いで暴れる。
イリューシャ、締め殺す。
  
教官「よし、食堂にいっていい」
  
○ペテルブルグ皇帝宮。
  
宮廷貴族の集う壮麗な宮廷広間。
飾り椅子を配した円柱のかたわらに立つ、イリューシャ・グランセリウス。
12才。白い陶磁器のような肌、ガラスの碧眼、金色の髪、人形のように美しい。
  
侯爵夫人「まあ、可愛いお姫様、お名前は?」
イリューシャ「トゥマーン」
侯爵夫人「霧? ま、ほほほ、おもしろいお嬢チャマね」
  
イリューシャ、ニッコリ微笑む。その表情、まるで天使。
  
侯爵夫人「皇女をごらんなさい? 趣味の悪いお洋服でちゅねえ、おっかちいでちゅねえ」
侯爵「よさないか」
侯爵夫人「いいのよ。皇帝一族は底抜けに鈍感な連中なんだもの。お嬢ちゃんにも、パリの香水をかけてあげるわねえ、ねえ、いい匂いでちゅねえ」
侯爵「そんなものここで出すな」
侯爵夫人「ペテルブルグなんてしょせんヨーロッパのすみっこにある田舎なのよ。ねえ? お嬢ちゃんもそう思うわよねえ?」
  
イリューシャ、こっくりと愛らしくうなずく。
  
○処刑場。
  
銃殺される侯爵夫人、侯爵、一家、老人子供全員がバタバタ倒れる。
  
○帝都皇室。
  
皇帝、ひざ掛けの上に置いた化粧箱から菓子をひとつとって、イリューシャに与える。
皇帝、もうひとつとって、自分の口に入れる。イリューシャを見て促す。
イリューシャ、皇帝に倣って菓子を口に入れる。
皇帝、微笑み、イリューシャ、その表情に倣う。
  
○貧民窟。
  
イリューシャ・グランセリウス、ふあつ、と目をひらく。
  
イリューシャ「そう。わたしはスオミで生まれたの。ずっと前にこっちへ逃げてきて、……私、署長たちの出入りする店で働いているんだけど、それで・・」
老婆「高等警察がなにか仕出かそってのかい」
イリューシャ「そのことでカストレンに知らせたいことがあるの。連絡とれる?」
老婆「……」
イリューシャ「日本人と会ってるからどうとか。急いでるの」
老婆「……。いつもの店だよ」
イリューシャ「わたしひとりじゃ信用されない、一緒に来て」
  
イリューシャ、老婆にピストルを渡す。
  
イリューシャ「取ってきたの。おばあさんが持ってて」
老婆「わかった」
  
老婆、帯の背中にピストルを差込み、足早く歩きだす。
  
○酒屋二階。
  
明石「ちょっと、待った。待った、待った、待ってくださいっ。あなたがた、とんでもないハナシをしてませんか?」
紳士「……」
明石「非常識だっ、専制主義国家を議会政治に戻すどころじゃないっ、それじゃあ、まるで……まるで……」
老人「革命だ」
明石「か、革命? ……」
  
明石、呆然とする
  
明石「……ロシア、革命……」
  
明石「そんなコトはロシア国内の問題でしょう? ここでどうしようというのです?」
紳士「ロシアの圧制を呪う組織があるのは、周辺国なのです。革命の導火線も周辺諸国にある」
老人「ロシアが日本と戦争を始めた今が絶好の機会なのだ。無理な対外戦争でロシア国内にも不満が充満している。われわれは、それを扇動する」
明石「あおる?」
  
明石、紳士と老人の顔を交互にみる。
  
明石「ここに、地下組織の党首が、ふたり……」
紳士「ロシア国内に革命運動が野火のように広がれば、皇帝は戦争どころではなくなります。日本が救われるにはそれしか道はない」
明石「……。そして、ここに、運動資金・・・」
  
明石、テーブルの上に札束を投げ出す。
  
○酒屋、表。
  
イリューシャ、入口のロバの絵をみる。
老婆とふたり、中に入る。
階段を登る。
老婆の背後、イリューシャの眼が冷めてくる。
老婆、2階のドアを開ける。
  
○2階。
  
ドアが、開く。
室内に男が3人。
  
イリューシャ「……」
  
ドアのそばにいたひとりの男が、ドアを閉める。
  
老婆「露探だよ」
  
老婆、ピストルを奥の男に投げ渡す。
ドアのそばの男が、イリューシャの背後に立つ。
三人目の男が、ナイフを持ってイリューシャに近づいてくる。
イリューシャ、ふいっとわらってしまう。
  
イリューシャ「そんな馬鹿じゃない、か」
正面の男「無駄足だったな」
  
鋭いナイフのエッジが、イリューシャの頬に触る。
  
○走る馬車、車内。
  
紳士「『ロシアの霧』です」
明石「?」
紳士「ペテルブルグ宮廷専属の暗躍者なのですが、このストックホルムに入ったという報告がありましてね。気を付けてください。あなた、つけ狙われてますよ」
明石「殺し屋?」
紳士「なんだってします。『ロシアの霧』にくらべたら、高等警察など日向の猫だ」
明石「どんな奴なんです?」
紳士「わかりません。見たが最後です」
明石「……」
  
○酒屋二階。
  
テーブルを潰して転がる男。
奪ったナイフを片手に旋回するイリューシャ、ナイフの先端が、背後の男の眼
球を切断する。
床に転がったピストルに手を伸ばす男、
イリューシャ、すばやくナイフを逆手に持ち変える、
男のてのひらを串刺しにして床に打ち止める。
男たち、老婆、全員が目を切られている。
  
イリューシャ「日本陸軍駐在武官モト・アカシが、ここで反逆者カストレンと会っていたと証言する?」
「……。しっ、知らんっ!」
イリューシャ「そう、残念ね」
(続く)
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