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フはフラグメンツのフ

“A HAPPY NEW YEAR.” (4)

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“A HAPPY NEW YEAR.” (4)


○河畔
  
明石、河畔に突っ立って、ぼんやりと凍った河を眺めている。
小石を拾って投げる。
小石、氷の上を跳ねる。
明石、もうすこし大きな石を拾って投げる。
氷が割れる。
明石、……振り返る。
イリューシャが立っている。
  
明石「おや、あなたは……」
  
イリューシャ、微笑んで小首を傾けるような、うなずき方をする。
  
イリューシャ「……。どうして石を?」
明石「は?」
イリューシャ「なぜ、かな、って、……凍った河の氷を割って楽しいですか?」
明石「え?いいい、いや、その、なんとなく……考え事をしていたものでして ……なぜ、でしょうか……」
  
イリューシャ、微笑んで、ほうっ、と両手を暖める。
  
イリューシャ「お国のことが心配でしょうね、……残してきた家族のことや、野や山や、一族のお墓や……木と紙でできたお家のことや……」
明石「……」
イリューシャ「……」
明石「冬は……」
イリューシャ「なに?」
明石「……終るものです」
イリューシャ「……。……氷がわれたから?」
明石「割るんですよ」
イリューシャ「……」
  
イリューシャ、ゆっくり微笑んで、また、ほうっ、と両手を暖めてみる。
  
○ホテル・ニーヴァ
  
明石の机上。
末の弟の手紙、「第九師団ニ配属賜リ、……」
に、最新の戦況報告書が重なっている。

報告書、
「第一師団・第九師団・第十一師団
 旅順総攻撃・旅順陥落セズ・損害甚大
 死傷者一万五千兵以上・機密・公表ヲ禁ズ」
  
○在ストックホルム日本公使舘。栗野執務室。
  
執務机に公使栗野。
その前に、明石。
  
明石「ロンドンの宇都宮さんに電信打ってもらえませんかね」
栗野「どんな?」
明石「ロシアに革命の兆しアリ」
栗野「ナイだろ」卓上の茶碗を触り温度を確かめている。
明石「いや! アリます」
栗野「あるにはあるのだろうが、運動としては、まだ小さい」
明石「だから、ソコを大々的にセンセーショナルに、もう今日にも明日にも、ロシア全土に革命の炎が上がって、ペテルブルグ宮廷は、いつなんどき暴徒に夜襲されるかわかったものではない。てなガセ報道をロンドンから世界に向かって発信してもらいたいンです」
栗野「面倒だな」
  
栗野、茶碗が熱かったのか、指を引っ込める。熱すぎる茶に不機嫌になる。当番は誰か、こんな茶の煎れかたは言語道断。てなシブい顔。
  
明石「いいですか? イギリスのロイター通信と言えば、世界最大の報道機関だ。ロイターが正義と言えば正義、悪と言えば悪。事実と言えば、なんだって事実になるんです」
栗野「それは誤報をしないからだろう」
明石「誤報はすでにしてますよ。日本が快進撃してるなんてとんでもないウソだ。大日本帝国が可憐なよい子の国だというのも誤報だ。誤報というより情報操作だ。でも、そのおかげで日本は世界から信用され、カネも貸してもらえて戦争ができてる。事実が報道に引きずられてるんです」
栗野「極論だな。報道より世間を見ろ」
  
栗野、椅子の背もたれに体重をかけ、窓の外を見る。茶が冷めるのを待つ風情。
  
明石「知ってますか? 日本の参謀本部もロシア軍もロイター通信の情報をもとに作戦を立てている。ペテルブルグ宮廷の貴族連中だって、世界の状況はロイターから吸収してるんです。軍のスパイうんぬんと民間の報道機関、考えてくださいよ、どっちが人数も多くて、気軽に情報を採りやすいと思いますか? まじめに考えて」
栗野「それで? それが、この戦争と、どういう、関係が、あるのかね」
  
栗野、茶碗の蓋をそっとあげて、茶柱が立ってるや否やをよく確かめてから、優雅にすする。
  
明石「……かつてないことです。かつてないことですが、かつてない卑劣な戦略でロシアを攻撃できます」
栗野「大袈裟に言うことはない。おばはんの井戸端会議で村八分にしようというのだろう? 世界に冠たる大ロシアの皇室を」
明石「そう! それ! それです!」
栗野「下劣」
  
栗野、茶を一服し、年代物のテーブルに気を使い、仏語の並んだ報告書の一枚を取って茶碗の下に敷く。
  
栗野「士道に悖るふるまいだ」
  
栗野、のどの潤いを愉しむかのよう。
  
明石「富を掠めるなら貿易、……リョーマが衝いた通りだ。そして操作するなら報道……。公使! 5年前から、20世紀になったんですよ。ご存知なかったんですか?」
  
栗野、黙って前かがみになる。冷静なようでいて、異常な速度で立ち上がる。
  
栗野「知っチョーわ!」顔を真っ赤にして怒っている。机を叩く。
栗野「維新を作ったのはわしらじゃけん。おまえら洟垂れ小僧が」
  
明石、食う。
  
明石「そのご自慢の維新! 公使は純真一路、汚いことはなにひとつなくやり遂げたんですね!」
  
栗野が叩いた弾みで転んだスロバキア製の地厚な陶器の湯呑が欧州骨董執務机の縁をめざしてころころ転がってゆく。
  
栗野「……」
明石「あんたぁ!」
  
明石、姿勢も変えない。平静な風にゆったりつっ立ったままで、そのまま怒鳴っている。
  
明石「呆けたとではナカトですか?」
  
栗野、ニガイ顔。
極東。列島。西日本。北九州。ハカタ言葉とフクオカ言葉は近在でも異なる。
実にふたりは同郷。
  
栗野「外国の大物にも、それだけの大口を利く度胸が、あるかキサン」
明石「誰相手でも、態度を変えたことはないですよ。知ってるでしょう」
栗野「口八丁で真剣勝負か、なさけなか」
明石「カタナよりは有効なものだと悟りました」
  
栗野、縁から落ちそうな湯のみを掴む。
  
明石「自分は、戦争をしとるとです。ガイコクと戦争してるんです」
栗野「宇都宮君にそれを頼むと、どうなるのかね」椅子に座る
明石「ロシアの民衆も自分たちの不満が世界に通用するイラダチだという事を自覚するでしょう。反逆行為に自信も持つでしょう。その自信が、事実革命を引き
起こす弾みになるかもしれません。ロシア皇帝は、逆に恐怖にかられます。貴族たちもです。気ぞらしの対外戦争どころではなくなる」
栗野「それで、極東にいるロシア軍の進行が止まる、とでも言うのか」
  
栗野、湯呑をきちんと自分の正面に置く。
  
明石「そこまでは、なんとも言えません。でも……戦争は、始めるより終らせることの方が難しい。この戦争、もうこの辺でヤめとこうとおもえる状況てなんです?」
  
栗野、置いた湯呑を観賞している。
  
明石「日本軍が、地球の半分以上もある広いユーラシア大陸をどこまでも、攻めあがり、シベリアを越えて進撃し、露都ペテルブルグを焼き尽くすまでやりますか?」
  
栗野、湯呑をちょっと動かし、机にかかる針葉樹の陰に埋めて眺め直す。
  
明石「できるわけない」
  
栗野、気にいらなかったように、陶器を木立ちの陽と影の狭間に置き直している。
  
明石「それよりも、日本の国民が半分も死んで、日本本土が占領される方が先でしょう。そこまでやったらロシア皇帝も陛下も満足するでしょう。……ソレ、ほんとにソレでいいんですか?」
栗野「……」机の引き出しから、金属工具を取り出す。レンチ。
明石「そこへ行き着く前に、皇帝に、ここらでヤめとこうと思わせる状況を作らないといけないんじゃナイですか?」
栗野「根拠のない煽りだけで、革命が起きると、本気で思うのかね」
明石「根拠はあります。ロシアは、叩けばホコリの出る国です。叩くもなにも、あっちこっちもうホコリだらけでホコリが国になっているようなもんだ。ちょっと火花を飛ばせば、あっという間に燃え広がる。必要なのは、砲弾じゃない。言葉なんです」
  
栗野、六角ネジを締めるレンチで湯呑を割る。
学者のように、破片を見分している。
  
栗野「……。ロンドンが、うんというとはかぎらんぞ」
  
栗野、木陰が陰影を作る机の上に、なにごとを創作しているのか、破片を丁寧に配置している。
  
明石「栗野さん……」
  
栗野、陶器破片の配置された枯山水風の卓上を見下ろしている。
  
栗野「わかった」
  
栗野、頷くと、破片を片付け、今しがたまで見下ろしていた光景をパッとゴミ箱に捨てる。
  
栗野「やってみよう。非常識だが、おもしろい。わりと論理的だしな」
  
○在ストックホルムアメリカ大使館。
  
各国の大使、夫人が社交会を開いている。
栗野公使、燕尾服で入ってくる。
壁際にいたトルージン、栗野公使の前に立つ。
  
トルージン「ドーブルゥィ、公使クリノ。勝ち目のない戦争だと気づいて、停戦仲介をしてくれる国を探しに来たのかな?」
栗野「ヴェーチェル。それも正当な外交任務ですよ、署長」
トルージン「正当。正当とはよいことだ。貴君とは敵対国の人間だが、互いにルールを踏み越えなければ、こうして機嫌よく話し合うこともできる」
栗野「高等警察が国際法に則った正しい逮捕権を理解されておることを切に願いますな」
  
栗野、挑発的な眼でデオルキンを見る。
  
トルージン「ハラショー、クリノ。東洋のサルにスパイゲームは向かない事をはっきりと思い知らせてやる」
栗野「バジャールスタ」
  
窓際に明石と秋月。
  
秋月「堂々としたものです。栗野公使」
明石「日本は、あいつらサムライが自分で自分らの支配権を捨てて革命をした。だから今でも上から民衆をみてる、その態度が抜けないんだ」
秋月「毅然としてていいじゃないですか。節度もあって、欧州の騎士階級に通じるものがある。サムライは、好評ですよ」
明石「ずっとサムライならいいかもしれん。だが、ああいう態度だけは、代々下の者にも伝染する。日本の官僚はこの先ろくなものにならなんだろうよ」
  
秋月、揺らせていたグラスをしみじみ見る。
  
秋月「国と国が利害を競って、戦いつづけている限り・・。敵国というものがあり、敵の目があるかぎり、国家の方策を国民にも知らせたり相談したりすることはできません。一部エリートが国策を独占し懸念し構想し、真実ではない理由を国民に喧伝して国を引っ張る他ないじゃないですか」
  
明石、手に持っていたシャンパングラスを手近なテーブルに置く。
  
明石「君は若い。そのエリートだ。だからそんな無理なことが当り前だと信じれるんだな」
秋月「道理ですよ」
  
明石、自分のグラスと他人のグラスの位置を勝手に動かしている。
  
明石「……。たとえば、通信をだよ」
  
明石、グラスの配列をあれこれ調整して、心地いい光景を探っている。
  
明石「一部団体やら国家やらから切り離すことができたら、その道理は無理になるだろうな」
秋月「明石さんは夢想家ですな」笑う。
  
明石、会心の作が出来ましたな如く、グラスの並んだテーブルを眺める。
給仕が、グラスを片付ける。
  
明石「北欧貴夫人とお近づきになれんのかのお。金髪碧眼、でへは」
秋月「その為にここへ連れてけって言ったンですかあ?」
明石「ぼかぁ、スパイだよ。スパイに美女はつきものだろうに」
秋月「サムライ日本は礼儀正しいいい子の集まりなんですからね。停戦交渉のいい仲介国を得るには、各国大使にいい心証を与えなくてはならない。くれぐれもバカしないでくださいよ」
明石「言われて、ハイそうですかと聞くと思うか俺が」
  
明石、宴遊会場をぶらぶら歩き出す。酔っぱらっていて妙に機嫌がいい。
大きな丸い中華テーブルを囲む列強諸外国の外交官、武官がいる。
英・仏・外交官が座って談笑し、独・露・武官が、立ち話ししている。
明石、テーブルに近づきテーブルの食べ物を物色する。
  
英外交官「(諸君、となりの小さなテーブルから新しいお客さんだ)」
  
一同、明石を見る。
  
イギリス「(ようこそ、我々の中華テーブルへ)」
明石「あはいあはい」輪に押し入り料理に手を出す。
仏外交官「(本当にどこにでも突っ込んでくるんだな)」明石に微笑む
露武官「(機関砲の前に整列したままぞろぞろやってくる。知能のなさ、空恐ろしいくらいでね)」笑う
独武官「(あなたは、ドイツ語かフランス語ができますか?)」
明石「あはいあはい」前歯を出してニヤニヤ笑い。
露武官「(ほっとけ、わかってない)」
イギリス「(さて諸君。このように彼らは、このテーブルに分け入ってきたわけだが)」
フランス「(堂々、清国を戦争で打ち負かして、だね?)」
  
英外交官のかたわらに英国貴婦人。チャイナドレスを着ている。
  
貴婦人「(黙って見過すつもり?)」
イギリス「(彼らは、戦争に勝利したのだから、領土を受け取るのは、当然の権利だろう)」
  
一同、明石が中華料理を取るのを眺める。
  
ロシア「(それは人間同士の約束事だ)」
フランス「(ご婦人に)」明石の取った皿を貴婦人に渡すように手で示す。
  
明石、わからなげに首をかしげる。
  
ロシア「(だれか、社交ルールを教えてやってくれないかね)」
  
露武官、料理を手盛りした明石から皿を取り上げ貴婦人に渡す。
  
明石「あはいあはい」チャイナドレスの美女に微笑みかける。
  
仏外交官、貴婦人が受け取った皿から料理を取り、皿を独武官に回す。
  
ドイツ「(ここは、我々に入用なのだ)」笑いながら、料理を取り、露武官に回す。
  
露武官、料理をさらい、空になった皿を明石に返す。
  
明石「あはいあはい」空の皿に料理を盛ろうとする。
  
露武官、巨体で明石を押し出す。目線は、独武官を牽制している。
明石、さすがにむっとする。
  
フランス冷笑「(君たちは必死ダネ)」
  
露・独・武官、英仏を睨む。
  
ドイツ「(君らは、早くからこのテーブルに着いていたから、さぞかし満腹だろうが)」
ロシア「(我々だって、まだたいして食っとらんぞ!)」
貴婦人「(なんだか怖いわ)」
フランス「(マダム心配には及びません、私がついています。ドイツ人よイタリア人よロシア人よ、そこのサルよ、乱暴はよしたまえ)」
ドイツ「(それだ。すこし出遅れて来ただけで、ことあるごとに我々のことを餓えた狼のごとく、言いふらすのは、得心いかないな)」
ロシア「(そうとも。君らがさんざんやってきたことではないか)」
イギリス「(粘着はよしましょう)」
イギリス「(我々は紳士だし、もう20世紀になったのです)」
  
英外交官、ナプキンで口元をぬぐう。
  
ロシア「(フランスはわがロシアと同盟関係にある。いつからイギリス寄りにかわったのだ? イギリスは、このサルなどと組みしおったのに)」明石を指差す。
フランス「(友よ。ロシアが極東に注力して欧州を空にしてしまっている今、私としてもイギリスに向かって強きに出るわけにはいかないではないか)」
イギリス「(このままロシア軍が敗退してくれると、私には好都合ですな)仏大使に酒を注ぐ。
フランス「(私はね、ロシアの軍事力を頼りに同盟を組んだのに、その肝心の軍が極東で猿などを相手にやり込められ続けられては困るのですよ。私の仇敵は、あくまでもアナタなのだから)」英外交官に返杯し微笑む。
ロシア「(陰謀だ。我々は、勝っている!)」
フランス「(なあ友よ。猿の島などどうでもよいではないか。君らがあまり小突き回すから、彼らは発狂したのではないのかね)」
ロシア「(それも誤解だ。我々は、猿の島などに関心はない。我々が握っておきたいのは極東。中国、朝鮮の一部にすぎん)」
フランス「(そいつに聞いてみてはどうか?)」明石を指差す「(日本はな、防衛戦争のつもりでいる。侵略者から自国を守っていると思っている。彼らには、正義の戦争を行なっているという強い意思がある)」
ロシア「(猿どもに、そう信じ込ませた奴がいるのだ)」英外交官を睨む。
フランス「(ロシアにその意図がないとしても。ロシア軍が朝鮮半島に居座れば、小さな海を挟んで向かい合わせだ。日本人でなくとも、侵略を警戒するだろう)」
イギリス「(ロシア軍が、朝鮮から進軍を始めれば、猿は自分の島で防衛戦をしなくてはならなくなる。戦略的に言って、そうなってからでは、日本本土の防衛は絶対に不可能だ)」
フランス「(だから、そうなる前に満州で戦うことにしたのだろう)」
貴婦人「(迷惑ですわ)」
ドイツ「(仕向けた、のだろう?)」英大使を斜に見る。
英外交官「(レトリックも対話のひとつですよ。彼らがどう解釈したかは知らないが)」
貴婦人「(こんな話、私はもううんざり)」
フランス「(そうですな。マダム、踊りましょう)」
  
チャイナドレスの貴婦人、仏外交官の手をいなして、テーブルを離れる。
英外交官、指を弾く。
米大使館付きの若いアメリカ人給仕長、皿を片付ける。

アメリカ給仕長、厨房へさがり、料理人たちを叱咤し、取りまとめ、新しい料理をふんだんに用意する。フロアに戻って来て、全体の様子を眺める。

控えめに宴席を運営している者独特の機敏さと余裕があり、今は、その挙措が、慎ましい。

仏外交官、貴婦人にあしらわれて、席に戻ってくる。
  
フランス「(正直、潮時ではないかと思っているのだが)」
イギリス「(調停役を買ってでられますか?うーん、それは見合わせてもらいたいな)」
フランス「(アナタは、露日戦争が早期に終わって、ロシア軍が欧州に戻って欲しくないからそう言うのでしょう)」
イギリス「(そうですよ。舞い戻られては困る。誤解がないように言っておきますが、イギリスが日本に肩入れするのは、日本単独ではとうていロシア軍と戦えないからだ。私は、露日、双方に共倒れしていただきたいのだ。皇帝ロシア軍は欧州の安全にとって、実に脅威だし、アジアに雄があってもらっても不都合だ。そこはみなさん同意見だと思いますがね)」仏・独を見る。
  
露武官、酔っ払って目が据わってくる。
  
ロシア「(猿を駆逐して、我々は大軍のまま欧州に舞い戻る!)」
イギリス「(なにか作戦がおありのようですね?)」
ロシア「(なぜ、教えねばならんのだ?)」
イギリス「(阻止不能で確実な計画なら隠し立てする必要はない。むしろ喧伝された方が、より優位に事を運べますよ。自信がおありなのでしょう。で、いつ?)」
ロシア「(この冬だ。猿どもは、冬に軍隊は動けないと信じている。冬こそロシア軍の本領だ)」
ドイツ「(細部ではなく、全体の運動としても、日本軍は突出しすぎいてる。補給の機構というものがない。側面を衝けば一撃だろう)」
  
露、明石の開いたわき腹をしげしげ眺める。
  
ロシア「(それだけの兵力輸送は完了した。奉天で日本陸軍に対する包囲殲滅戦を行ない、猿どもを屠殺する)」
フランス「(言い切ったね)」
ドイツ「(ロシアと日本は、大陸満州で陸戦をしている。ロシアは陸続きだが、日本が自分の陸軍を支えるには、本土から海を渡って武器弾薬食料を運ばなければならない。補給路を確保するには、制海権を守りつづけなければならない。なのにいまだに、旅順は陥落していない)」
フランス「(旅順?)」フロアの貴婦人たちの踊りに合わせて軽く腰を振り、あくびをかみ殺す。
ドイツ「(旅順には、ロシア艦隊がある。バルト海から回航されたロシア本国の艦隊と合同すれば、日本海軍の2倍以上の大艦隊になる)」
  
独武官、テーブルにグラスを置く。そのひとつのグラスの左右にふたつのグラスを置いて挟み撃ちにして見せる。
  
ドイツ「(艦隊戦というのは不沈戦艦が備えた大砲の数で決まる。日本海軍に勝ち目はない)」
ロシア「(陸海ともども、動員数で圧倒している)」
ドイツ「(日本海の制海権はロシアが握り、大陸に展開する日本陸軍は、補給路を断たれ孤立し、取り残され、冬の包囲戦で、全滅するだろう)」
フランス「(それじゃあ、いま調停に入るのは馬鹿げてるな)」笑って英外交官の肩を叩く。
ロシア「(調停? とんでもない。そういうものは、戦争をしている国同士にあるものだ。我々は戦争をしているのではない。コイツらを駆除しているのだ)」  明石を指差して微笑む。
  
明石、ニヤーと笑って応える。
  
イギリス「(どうも私までが形勢危しだな)」仏・独・露を見まわす。
ドイツ「(イタリアと相談しあってみてはどうだ?)」
  
一同、どっと笑う。
  
フランス「(ルーブル美術館に浮世絵コレクションが増やせそうかね?)」
ロシア「(猿の曲芸画などいくらでもお譲りする)」
明石「あはいあはいあはい」ニヤニヤ笑いながら、その場の全員と握手し、立ち去る。
  
仏外交官、フィンガーボールで手を洗う。
英外交官、席を立ち、米大使に挨拶しに向かう。

明石、秋月の所にもどってくる。
  
明石「いい子にしてたろ」
秋月「ペコペコにやにやして、なんとも、絵にならない人だなあ」
明石「エル・ポデルトタール・エッサ・エンセス・マヌス」
秋月「何語です?」
明石「ポルトガル語だ」
秋月「ほう、で、意味は?」
  
明石、ドアを蹴っ飛ばして、でてゆく。
○都邑
  
明石、夜のストックホルムを黙々と歩く。
表通りから裏路地に入る。
  
  
○穀倉。
  
カストレン、シリヤスク、明石、十数人の男たちが集まっている。
明石の目の前で、大きな木箱がこじ開けられる。
木箱の中に銃器。
  
明石「ロシア軍の武器じゃないか、よく手に入ったなあ」
紳士「ロシア軍にも知人はいます。あなたが寄与してくれた現金のうち半分は武器弾薬に化けましたよ」
明石「あとの半分は?」
紳士「知人に化けました」
老人「来月になったら、欧州全土にいる組織幹部を集める。モトを全員に紹介し、一斉蜂起の準備を進める」
  
明石、カストレンの手を握る。
  
老人「われわれの悪魔を葬るのだ」
  
○在ストックホルム日本公使館。
  
秋月「栗野公使とぼくは、停戦仲介国になってくれる国を探してたんですがね」
明石「最有力候補は?」
秋月「フランス。内々の折衝はついていたのに」
明石「蹴られたろ」
秋月「ええ。……? でも、どうしてそれを?」
明石「栗野公使、ロシア軍が逆襲にでます。それもこの冬、奉天です」
栗野「……。うわさだ。こんな遠い所から、日本にそんなこと報告しても信じるものかっ!」
明石「フランスが調停から手を引いたのは、その作戦計画をロシアから聞いたから
です。日本軍が全滅した後じゃ、だれが中に入っても停戦なんてさせられない。割ってはいるだけバカだ」
秋月「くそ、所詮アジアはヨーロッパに略奪されるためだけにあるのか」
栗野「……」
秋月「万事休す」
明石「この喧嘩、だれも止めてくれないってコトになったらオオゴトですよ」
  
栗野、振り返り、菅田を見る。
菅田、頷く。
  
菅田「明石さん。イギリス情報部が、あなたの話に乗りましたよ」
明石「どの話?」
栗野「ロシア革命のハナシだ」
菅田「大英帝国情報部次長オーブリー・ヴォイジーから直接返信がきました。情報網と地下組織のすべてを使って革命扇動することになった。通信は英国で押さえるから、地下組織は……」
明石「わが日本の担当」
菅田「と、いうより明石さん、あなたひとりの担当ということになりますな」
明石「次の会合ですべてが決まる」
栗野「いつだ?」
明石「聞いてしまって後悔しませんか?」
栗野「一蓮托生だ。トルージンのアホに、どっちが猿か教えてやる」
  
明石、秋月の方をみる。
秋月、栗野をちらっと見て苦笑しながら明石をみる。
  
菅田「栗野さん。私をロンドンへやってもらえませんか。大英帝国現地で、情報部と明石さんのつなぎになりたい」
栗野「こんな奴の連絡役でいいんですか?」
菅田「こんな奴ではありません。今の明石さんは大日本帝国の秘密兵器です。師団一個分に相当する」
栗野「チャー。鎮台あがりの平民兵が日本を背負ってくか」
明石「公使、無心が半額残っていたとおもいますが」
栗野「出す。書記官から残り50万受け取れ」
明石「ありがとうございます。この金で戦争に勝つ」
栗野「カネ、カネ、言うな。はしたない」
  
明石、敬礼して誤魔化す。
  
栗野「かわりに調書を書け。帝政ロシア偵察事情。いまは君が一番の事情通だ」
明石「なんのために?」
栗野「アメリカでの講和準備をすすめている小村外相に必要なのだ」
明石「講和? ロシア帝国は、ぼくが叩き潰します。粉砕してやる」
栗野「のぼせ上がるな!」
  
栗野、怒鳴る。
  
栗野「勝つことが目的ではない。負けず、停戦させるのだ」
明石「鎮台あがりの平民兵でも、自分は軍人であります。サムライであります」
栗野「間違えるなと言っている。士道は他国を粉砕する権利ではない」
  
○王立劇場。
  
ウィッテ「どうなのだ?モターカシは」
イリューシャ「モト・アカシ、です。」
ウィッテ「……皇帝いわく猿の国家だ。猿の名前をわれわれ人間に発音できるものなのかね」
イリューシャ「そんなふうに考えては、おられないくせに……」
ウィッテ「で?」
イリューシャ「おもしろい男ですわ。自分の身なりに対する美意識が欠落してますね。大物ですよ。地下組織の会合に行くのに、堂々と市民に道順を尋ねたこともあったり。自分が精密なスパイ工作を実行しているのだ、という認識もないかもしれない」
ウィッテ「『ロシアの霧』の敵には値しない、か」
イリューシャ「ちょっとイライラします。もっとマジメになれって手紙を書いて送り付けてやろうか、て何度も思ったくらいです」
ウィッテ「きみをイラつかせるとは、たいしたもんだ」
イリューシャ「それは深読みです」
ウィッテ「高等警察に出し抜かれるなよ」
  
イリューシャ、微笑しながら、ゆっくりうなずく。
(続く)
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40代鬱病フリーの翻訳家が、ゲームを作る妄想をしたり弱音を吐いたりします。

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