フはフラグメンツのフ
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これからおこる可能性のひとつを空想してみるのと同じ感触で
過去は幻想にまぎれる。彼女のひだり目の中に
わずかな傷をみつけたのは、いま一瞬の
ここではない。
ギアを入れて走り出そう。風は南からくる。
あの背の山はいつ超えた?
眼下に雲海。手にいれたのは、このオンボロ飛行機。
だから、どちらへも迎える。それが、問題なのだ。
過去の角度と自分の背丈、そして望む角度を加えれば、
結ばれた三角形の頂点に未来が見える。
錬金術師は、無茶をいう。
いま一瞬ののちには消滅するこの幻想が
これからおこるひとつの未来に
ふいとかわれるものなのか
いま、みえない・・・、
モザンビーク。インド洋に面したロレンソ・マルケスの海岸通りにある旅行代理店で、カラコルム行きの航空券を買おうとジイパンのポケットから小銭をかきだした。ノスタルジア1907マニュアルより。
すこしたりない。あまりのショックにぼう然とした。顔見知りの娘が気づいてカウンターの下で仮伝票をきってくれたが、やけくそになって請求書にサインをし、宛名に(株)タケル外宇宙惑星開発部と書きなぐった。通りに出ようとした時、娘が追いついてきて手を握った。「カラコルムは冬季閉山しています。買い物をしていって」 手のひらに紙幣の感触があった。「ね」 と彼女は言った。そのさりげなさに不覚にも泣いてしまいそうになった。
小屋で朝風呂につかりオレンジ色に映える峰と凍った湖を見おろしながら、缶ビールを飲み塩焼きの湖水魚と生ネギをかじっていると、またすこし勇気がわいてくる。
未開発の惑星で測量計器をかつぎ、右手に寝袋をもってウロウロと休める場所を探すような冒険は、もうウンザリなのだ。未知領域自動探知追跡艇ノスタルジア号は(それがわかりきった任務なのだが)決まってだれも踏み込まないような変な虚空にばかりへさきを向けたがる。まったくもって始末が悪い。クルーは翻弄され続けた。
印象に残る記憶の断片――。高解像度観測レンズを真剣なまなざしでみつめる女性探査手の横顔。機関主任のバカな冗談。潜航探知ロケットの軌道設定にパイロットとして、ごく個人的な確信を持ったあの瞬間。分析結果をため込み一気に披露してニヤリときめる若い解析手の表情。対象にさしむかう時のデッキの緊張。そして「このリーフ、ほんとに越せるのかあ?」
前方にひろがるあざやかな星雲。そこに隠された秘密の数を予想しながら、ふりかえって斜めに見据える帰還用燃料計のゲージのふるえ。脇腹が痛んだ。
日差しの具合がいいというだけで、ああ気持ちがいいですね、とわらいかけられるさりげない機微で宇宙を観察し、その感受性を硬質の船の中で凝縮、データ化するのは、その作業手段と目的の間に矛盾がある。観測員の資質は日常の中で何度も繰り返し問われた。それでもクルーは耐えたし、機転も利かせた。犯したミスといえば例の、支払う段になって自分がちっとも金持ちなんかじゃなかったと気づく、あのショックだ。
金色の背をひらりと輝かせては砂浜に滑り込むあの水の波動で、周期的に襲ってくる未知への好奇心が、またしても渇ききって弱まった意志を潤しはじめる。冒険とチームワークは麻薬も同じだ。「・・・いや、二度とごめんだね」
海岸通りの旅行代理店の娘に、たんまりと釣り上げた湖水魚を届けると、彼女は「わぁ、おとうさんが喜ぶわ、ありがとう」 となにも憶えていないように言った。いつか彼女のようなさりげないやさしさが自分にも身についてくれるといいのだが。
「アフリカセントラル宇宙港行き、まだ席空いとる?」
「また、ですか?」 娘は、いたずらっぽい少女の目で言った。おだやかで特徴のあるきれいな眉。
「だれかが開拓してくれた安全な航路をこれからは使うよ。冒険はしない」
それは、どうかしら。という表情で娘はチケットを渡し、窓の外の日差しにわらった。「いってらっしゃい」
キャンバス地のパラソル。テーブルにコロナの小瓶。休暇あけのクルーと外宇宙航行艇。
そして、まだなにも言ったことのないことを思いだす。「クルーには・・・」 いろいろなことがあって、言いつくせないことがいっぱいあった。ありがとうとひとこと言おうと顔を上げたが、急に言えなくなった。なんとなくつまらなそうに手もとのマッチをひろって、ポイと投げて砂漠のほうを見てしまった。「・・・いや、なんもない」
冒険は今はじまったばかりだし、これからも続くのだから・・・。